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<わ> 割りばし


ずいぶん飲んでしまったらしい。
たしか課長と一緒のはずだ。
今、何時だろう。
ふと気がつけば個室トイレでひとり、小便をしていた。
小便の落ちる音がやたら長引いている。
この小便、ずいぶん待たされたらしい。

トイレを出て、暗い店内を見渡す。
カラオケのテレビモニターの真下に課長の笑顔が見える。
課長のネクタイの緩み具合が深夜に突入していることを物語る。

「ハイ、こっち、こっち」

課長が手招く方向に向かっていく。
丸い椅子に座ると、隣にまつ毛の長いお姉さんが座った。

ニューハーフだった。

酔っていてもすぐに識別できた。
びっくりしてしまい思わず2秒ほど凝視してしまった。
よく見るとなんだかジャガイモに似ている。
そして無言のまま、少しだけ寂しい気持ちになった。

「やきそば食いてえなあ。あるの、焼きそば?」

課長の奴、また始まった。
酔った勢いで始まる課長の「メニューにないけどいい?」攻撃である。

「そうねえ。頼めないことないけど。高いわよ」

隣のジャガイモが返事をする。

「払うよ。いくらでも。いくら」
「そうねえ。じゃあ、3万円」

といってジャガイモが太い声で笑う。

「やあねえ、ここ笑うところよ」

そういいながらもジャガイモは気まずい雰囲気を察知し、焼きそばの注文のため席を離れた。

「いや、あれでもだいぶマシになったんだから」

課長の隣に座る肩幅の広い税務職員の女がいう。
オレの表情をみて反応したらしい。
オレは思わずきいてしまう。

「よくなったって、どういうこと」
「いやあ、ニューハーフだけに、いろいろ工事があるでしょ。そのときオプションで顔の工事もしたのよ」

税務職員はなんだか楽しそうだった。

「あの顔は、オプションじゃなくてタチションだろ。ガッハッハァ」

課長のギャグらしきものが店内に響く。
課長にしてはいつもよりマシなダジャレだった。

「ほれ、お前も食え! 安藤!」

またしばらく記憶を失っていたらしい。
気がつくと目の前に山があった。
焼きそばの山だった。
ジャガイモが深夜営業の中華料理屋からテイクアウトしてきたらしい。
そのジャガイモが可愛らしさをアピールしながらわりばしを手渡す。
だが、課長はわりばしを割れなかった。
課長は3回試みたが、それでもわりばしは割れなかった。
それを観た税務職員がすぐにそのわりばしを手にとって男勝りに割ろうとするが、それでも駄目だった。

「安藤。ほら、野球部。頑張れ」

確かにオレは甲子園に出場したことのある高校の野球部に所属していた。
厳しい練習と先輩からの「指導」にも耐えてきた。
しかし、オレは補欠だった。
負け試合に一度だけ打席に立ったことのある筋金入りの補欠だった。
そしてオレはわかっていた。
このままわりばしが割れなかったとき、課長がいうであろう言葉を。

「無理か。しょうがないな。補欠だからな」

課長に悪気がないことはわかっている。
酔った勢いの末、ということもわかっている。
でもオレは就活の二次面接のときに告白した「補欠」という言葉を、この会社で一生背負っていかねばならないのだろうか。

「ふざけんな」

その瞬間、オレの体の中には経験したことのない電流のようなものが流れた。
まるで鼻の穴と肛門に同時に電極を突っ込まれたような感覚だった。
オレは奪い取るようにして、そのわりばしを手に取った。
そして全身全霊でもってわりばしを割ろうとした。

格闘は1分ぐらい続いたと思う。
オレは本当の油汗を流していた。
そしてついにわりばしは割れた。
「補欠」でも割りばしは割れるのだ。

しかし、その達成感は束の間だった。
一瞬の沈黙のあと、すぐにヒステリックな声が薄暗い店内を包み込んだ。

「大変よ、ジャガイモちゃんが~」

税務職員が取り乱してそう叫ぶ。
オレは左手に座っていたはずのジャガイモを観た。
ジャガイモは丸い椅子からずり落ちて床に後頭部をうちつけていた。
覗きこむとその顔には大きなクレーターがあった。

顔が陥没してしまったのである。

オレは酔った頭の中で状況を整理してみた。
そして謎が解けた。
どうやらわりばしを割った勢いで、オレの左ひじがジャガイモの顔を直撃してしまったらしい。

「安藤。凄すぎる。逆転満塁ホームラン!」

静まり返った店内で課長の笑い声だけが響いていた。

後日、そのお店(ハーフ&ハーフ)から突然、請求書が会社の経理経由で届いた。
その請求書にはこう書かれていた。

品名:ジャガイモ
数量:1個
お代金(税抜):500,000円
お代金(税込):525,000円
その他連絡事項:ご相談ください。

粘り強い交渉の結果、3割引にしてもらった。

結局、ヘコんだのはむしろオレの方だった。








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プロフィール

イッセー林

Author:イッセー林
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都内在住(マルエツプチより徒歩1分)


<得意技>
投げっぱなしのペペロンチーノ

無理な体勢からのペンネアラビアータ

トップロープからの海老のアヒージョ

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『あいうえお話ver2.0』___ uploading!

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